第三十五夜 1998年12月28日

< 時間の価値 >

日本で12月と言えば師走の忙しさもあるでしょうが、様々なパーティ、そしてクリ スマスと言った行事で目白押しな胸踊るシーズンであるとも言えるでしょう。しか し、日本のフレンチレストラン労働者にとって、この時期は地獄以外の何物でもない 暗黒の一月と言えます。私が働いていたレストランも例外ではなく、毎年この時期、 私も破壊的な忘年会パーティを消化し、クリスマスでは取って付けたように“2名 様、2名様、2名様”とエントランスでマネージャーがお経を唱えているのを聞きつ つ、ヘロヘロになりながら、年にタッタ一度の天の川の様な二人組みのお客様のタヌ キとキツネの騙し合いを横目にシャンパンを注いでいたものです。

しかし、去年の今頃を思い浮かべれば、確かに富岡製糸場の女子工員と変わらない労 働を強いられてはいましたが、もう一つこの留学への期待を膨らませつつ毎日緊張し た日々を過ごしていたような気がします。時間の流れるのは本当に早いものです。そ の待ちに待った留学も4分の3を消化しました。そして残された第4クォーターのイ ンターンシップが終われば、日本への帰国が待っています。

ここ何ヶ月か完全に生活に慣れてきたからか、偶に外国で暮らしていると言う非日常 的なこの恵まれた環境にいる事を忘れてしまう時があります。来た当初の頃は、毎日 アメリカに住んでいると言う事が信じられず、その価値を考え一日一日を有り難く思 いながら生活していました。しかし、何時からか、その夢にドップリ浸かってしまっ てからは、この時間の価値を当たり前とみなし、心身共にアメリカに溶け込んでいる ような錯覚を起こしていました。

しかし、つい数日前にその空想から目を覚まさせる事が起きました。と言っても何か ドラマチックな事が起こった訳ではありません。単なるテスト結果です。今月の初め にTOEICのテストを受けました。4月にも受けており、その時からどれほど飛躍 しているのか楽しみにしていました。しかし、当然点数は伸びてはいるものの私の見込 んでいたレベルを遥かに下回り愕然としました。

人間は不思議なものです。その前日もテスト結果を知った日も、ここでも生活の意 味、重要性、非日常性、有り難味、全てが全く同じである筈なのに、そのちょっとし た切っ掛けで全てが違って見えてきました。休みに入りのんびりとした生活を送り、 早くインターンシップが始まる事をただ漠然と待ちながら時間を無駄にしていました が、今はそのインターンシップまでに何が出来るかと言う事を考えています。だから といって何か変わった事を始めた訳ではありません。しかし、同じ事をするにしても 気持ちの入れ方でかなり変わってくるものです。本を読むにしても映画を見るにして も人と話すにしても、ちょっとした気持ちの変化で体への吸収率は桁外れに変わって くると言う事をしみじみ感じています。

おそらく一日あたりの差はたいした事ではないのでしょう。しかし、それが積み重 なった時の相違は歴然としています。もしかしたら、この9ヶ月間、あの来た当初の この生活への有り難味を忘れなければ、英語力を含め全てが変わっていたかもしれま せん。それにそれは不可能ではなかったと言えます。初日であろうが、100日目で あろうがこの生活の価値は全く同じ筈でしょうから。

アメリカに来て、その時間の価値と言うものを更に強く感じましたが、これはどこに 住んでいようが言える事であると思います。しかし、それは何もただガムシャラに何 かをやり続ければ良いと言う事でもないと思います。80年代のフランス料理界の スーパースターである、かのジョエルロブションは本の中で、“疲労は良い結果を生 まない”と言っています。(注、 私は以前の会社の社長に不平を言っている訳では ありません!確かにエジプトのピラミッド作りのような労働を好む方でしたが・・ ・)だからと言って好き勝手に、先日迄の私の生活の様に、時間を持て遊ばせるのは 更に非効率的と言えます。では、今私が考える理想の時間の使い方は何かというと、 如何に休憩又は休みの時間を有り難く感じられるかと言う事です。それを有り難く感 じられれば感じられるほど、仕事に集中していた証明になるでしょうし、またその自 由な時間をまた十二分に活用できる事でしょう。そしてそれが又仕事に生きてくると 言えます。

映画“マカロニ”の中で、ビジネスマン演じるマルチェロ マストロヤンニが海辺 で、“時間を無駄にするのは素晴らしい。”としみじみと同じビジネスマン演じる ジャック レモンに語っていたのを思い出します。通常であれば時間を無駄にしてい ると感じる事程腹立たしいものはありません。しかし、全く同じ価値の時間を、ほん のちょっとプロセスを意識で変えるだけで全てが異質の物と化してしまいます。ある 意味恐ろしい事とも言えるかもしれません。

時間は常に大切な物です。しかし、今の私のこの時間は、私の人生の中で最も価値の ある時間の一つと言えるでしょう。いつの間にか忘れていました。これからインターン シップが始まります。その3ヶ月間をどれだけ価値のある時間に出来るかは、ただ一 つ私の意識に懸っていると言えます。TOEICの結果は残念でしたが、テストはま た受けられます。この時間の意味を再確認できる切っ掛けとなった私のお粗末な英語 力に感謝します(!?)フランス人のオーナーとアメリカ人の従業員に囲まれ仕事をす ると言う事など、もう一生出来ない非常に価値のある有り難い時間である事は間違い ありません。そしてそれが最終コーナーです。何とか残り3ヶ月頑張ります。また、 この時間の価値を帰国後も忘れず肝に命じておきたいと思います。そしていつかあの マストロヤンニの様にあの様な表情であのセリフが言えればと懇願します。

 

第三十四夜 1998年12月20日

< 非公式八ヶ国外交会議 >

以前このエッセーで紹介した私のサウジアラビア人の友人のアディーブから連絡があ り、早速彼のアパートに遊びに行ってきました。さすがお坊ちゃんだけあって、一月 1000ドル(約12万円)の学生という身分に不相応な部屋に住んでいまし た。

ドアを開けた途端、香辛料の匂いがたち込み、同時に白い煙が私を包みました。火事 かと思い慌てて“アディーブ!”と叫ぶと、白装束をまとい、サングラスを掛けニヤ ニヤしながら仁王立ちしているザ シークの様な狂ったアラブ人が、煙の中から私の目の前 に現れました。アディーブです。

アキレタ事に、私が来るまでず〜っとそのカッコをして待っていたそうです。煙りも 炊きっぱなしにしながら・・・・。ちなみに、アメリカでは良くある事ですが、ア ディーブのアパートは禁煙です。

私が呆れた顔をすると非常に寂しがり、それまでの苦労を語りだしました。仕方なく 彼の演技を誉めてやり、機嫌を直させると、すぐさま立ち直り、次の来客へ向けてま た性懲りもなく準備し始めました。イスラム教徒全てが厳格な訳ではありません。

その日は、アディーブのクラスメートと彼の英会話のインストラクターが集まり、国 際色豊かなパーティーになりました。サウジアラビア、UAE、韓国、タイ、中国、 台湾、アメリカ、そして日本。皆お国は違いますが、くだらないジョークに呆れる のは世界共通であり、誰にも認められないアディーブのジョークはフセイン的といえ るでしょう。

このメンバーで、どの様な話しをしたかというと、まずそのフセインについてでし た。アディーブのインストラクターである若いアメリカ人のロブが、アメリカとイギ リスのイラク攻撃について、アラブ諸国の政府ではなくて人々はどのようにとらえて いるのかという問いが口火になり、非公式に八ヶ国外交会議を開く事になりました。 申し訳ありませんが、日本代表は・・・私です。

このメンバーには当事者であるアメリカ、イラクの近隣である二つのアラブ国家と、 その攻撃に反対している中国が含まれています。さぞかしエキサイトした会議になる だろうと期待していたのですが・・・・・・、アディーブとUAE代表のモハメッド の拍子抜けした回答で、特に私とロブは思わず口をポカンと開けてしまいました。

彼らから飛び出した言葉は何かというと、“関係ない”の一言でした。ただイラク国 民には同情するが、フセインやその軍隊はクレイジーだからどうなろうと“関係な い”と言う事らしいです。しかし、今回の攻撃でフセインをターゲットにしていない 事について、あまり効果はないであろうとモハメッドは付け加えていましたが。

それを聞いていた韓国代表のキュウサンは、なぜ皆がフセインについてそれ程嫌悪感 を示すのか分からないと言ってきました。これには私とロブは驚いてしまい、韓国で はフセインをどう思っているのかと聞くと、政府は別にして、一般人の中では、決し て日本やアメリカで思われているような悪魔的な印象はないそうです。ビジネスで も、それ程深くではないらしいですが、関係があり、今回ビルが沢山破壊されれば、 韓国の経済は良くなるかもしれないなどと物騒な事を語っていました。

タイ代表のウイットは、別に遠い国の事だから感心がないとこれまた拍子抜けさせる 意見をだし、そんな事よりタイ経済の問題の方が深刻だと言っていました。

では、中国、台湾代表(名前が思い出せません)はというと、ウイットと同じような 意見であり、私とロブをガッカリとさせました。それではこの微妙な関係の 二ヶ国(一国、一都市?)の将来について聞くと、“分からな〜い”といった返答を し、でも仲良くすれば良いのに、とお互い肩を抱きながら笑っていました。

このメンバーはロブも含め皆25歳以上であり、社会経験がある者ばかりです。もち ろん、日本で騒がれている若年層の政治経済離れとは異なり、皆国際問題について全 く知らないと言う事はなく、知ってはいるけど、それを熱く語るほど興味はなく、そ れよりも、自分達の国で自分達がどういう風に幸せに人生を謳歌できるかと言った事 の方が、話も盛り上がります。世界経済や問題など、“そんな事ここで話してどうする の?”と言った印象を持っているようでした。

もちろんそれぞれの国でいろいろな人がいるでしょうから何とも言い難いですが、た だ往々にして、世界全体についで騒ぎ立てるのはアメリカ人と日本人だと言えるかも しれません。そして世界は見れど、足元を見ていないのも日本とアメリカかだと言え るでしょう。

よく考えてみると、彼らの国々や、又はヨーロッパではベルギーやオランダなどが、 日本やアメリカが騒ぎ立てたがる国際問題や世界最先端の科学技術などについて、い ろいろ意見を出しているのを私は聞いた事がありません。では、それらの国々は、ただ日本 やアメリカと比べて“遅れた国”かと言えば、0メートル地帯であるオランダなどは、 人々の暮らしに密接したダム建設に関しては世界一の技術を誇っています。

このメンバーの中にいて、フセインを始め世界について話をしていて、最も身近に感 じたのがアメリカ人のロブでした。我々日本人やアメリカ人は、何かと自国の経済的 強さや生活水準の高さを他の国々と比べて誇ったり、科学の進歩や宇宙開発などを世 界に先駈けて取り組み、その成果を世界に発信する事に躍起になり、そしてそれらを “どうだ〜”と言わんばかりに大々的に我が物顔で誇り、ある意味他の国々をリード していると思いがちですが、では一体、他の国々では日本やアメリカをどのように捕 らえているのだろうかと疑問です。

私は各国の状況を深くは知りません。しかし、上記の様な事を考えると、世界をリー ドしていると思い込んでいる日本やアメリカは、実はただ空回りしているだけであ り、その二ヶ国に追随していると思っていた他の国々は、決してそういう訳ではな く、ある意味“成熟した国家”として、大人が子供のハシャグの を微笑みながら、そしてたまに呆れながら見守るように、日本やアメリカを ただ手のひらで遊ばせているようなものなのかもしれません。

また、国際ニュースでは見た事はなくても、バラエティー番組などでたまに見る、 それらの国で幸せそうにのんびり暮らしている人々の姿は強く印象に残っています。 今日本は、戦後最悪の経済的状況と聞きます。しかし、国際経済競争力と人々の幸せ な生活との間にどれだけ強い結びつきがあるかは疑問です。

今日本では、国内外から大きな変換が求められています。それは、経済そして政治の 立て直しが最大の焦点である様ですが、もしそれが歴史的な大変換であるとするなら ば、それら焦点だけで済まないのが日本人だとも言 えると思います。時代の変化に沿って、時には変換が必要な時もあるでしょうが、そ の度に文化を捨て、又人々の価値観まで変わって(アメリカに変えられて?)しまうのが日本人であ る事は過去の二回の大きな変換により証明されています。“チョンマゲからザンギリ 頭”、“天皇万歳からブラピ大好き”となったように、今度起こるかもしれない改革 が、経済システムを変えるだけでなく、我々日本人の本来の姿からまた遠ざけてしま うような気がしてなりません。

サウジアラビア人のアディーブも、その場にはいませんでしたが私の大学のスウェー デン人の友人も、自国を心から誇りに思い、我々日本人がアメリカ人に合わせて価値 観を共感しようと、心にもないような事をアメリカ人に影響された態度や話し方で話 を進めようと努力する一方で、アメリカ人に反感を買おうが嫌われようがお国の“成熟 した文化”の自慢話を嬉しそうに語り続けます。

日本は伝統のある国だと言われています。しかし、先の二度の大きな変換でほとんど の文化を失ってしまったとしたら、まだ立国55年という幼児国家であるとも言える でしょう。その幼児に自分の意見を持ち、自分を誇りに思えと言っても無理かもしれ ません。しかし一方で、アメリカに影響されつつも少しずつまた成長してきているとも言 えます。日本は今もしかしたら大きな二者択一を迫られているのかもしれません。 “成熟した国家”の仲間入りをするか、はたまた、ペリーそしてマッカーサーに続き、第三のアメ リカ人による変換の為の道標を待つか。この選択は、今後の政府ではなく我々一般市民の大 きな後生への義務といえるのではないでしょうか。

では・・・・・・まず、アメリカの価値観を模倣する事からやめましょう。・・・・ 好みはあれど、ジュリアロバーツってホント〜にキレイかどうか、もう一度自分に問い掛けてみま しょう。・・・・ちょっと違うかな?

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