1998年10月

 

第二十六夜 1998年10月27日

< ワインを楽しむための釣り合った天秤 >

アメリカは数年前から大変なワインブームです。昼間はコーラをがぶ飲みしつつ、ハ ンバーガーにケチャップをたっぷりぬって食べている人達も、夜になればワインバー に出向き、いきおいよくグラスを回しながら、チェリーの香りがどうとか語り続けま す。また、銘柄はそれほど気にせずブドウの種類と好みと値段だけをソムリエに伝え 気軽にワインを楽しんでいる人も多く見られます。(それでも最低上記の様な事は必 ずソムリエに伝えます。何も言わなければ、‘意見を持たない弱い人間’と見なされ てしまうアメリカの文化がそうさせているのかもしれません。‘何でもいいから赤ワ イン持ってきて〜、健康にいいのよ〜、オホホホホ〜、ね〜奥さん!?’、といった オーダーはあまり聞きません。)

スタンダードなバーを求めていろいろ探した結果見つからず、結局私が今たまに楽し みに出かけるバーが、‘VINO’というわりあいカジュアルなワインバーなのです が、私がそのお店で好きなポイントは、様々なタイプのお客様のそれぞれのワインの 楽しみ方と、それを促すそこのソムリエの素晴らしさです。結局それらがそのバーの 楽しい雰囲気を作り上げ私を和ませてくれているのでしょう。

約30席ほどあり、そのうちの10席がカウンターになります。わりあい天井が高く 吹き抜けのような印象がありますが、日本でたまに経験した暖房が点いているのに寒 いという事はなく、快適です。完全禁煙ですがアメリカでは全く珍しくありません。 店員はかなり明るくフレンドリーで、一見頭が悪そうですが、皆ワインだけでなく料 理にも精通しており安心できます。お客様はがぶ飲みタイプからウンチク好きタイプ まで様々ですが、皆ワインを飲んでにこやかに笑いくつろぎ楽しんでいる点は共通し ています。

私がこの店のオーナーやスタッフや常連客と話しをしていて感じた事は、ワインのプ ロであるソムリエも、お客様もしっかり両足をついてワインをアメリカ流に楽しんで いるな、と言う事です。私はワインは素人ですが、去年まで日本のレストランやワイ ンバーで感じた、‘バランスを崩した天秤’の様な印象とはかなり違います。日本で は数年前に田崎真也氏の世界ソムリエコンクール優勝を切っ掛けに、マスコミがワイ ンを多く取り上げ始め、氏の‘ワインを語るのではなく飲んで楽しもうではないか。 ’と言う呼びかけが、ワインの消費量そして輸入量と共に広まり、今ではそのモッ トーが定着しつつあるように見えます。しかし、ワインに深く携わっていなかった私 がこのような事述べるのは恐縮ですが、 最近インターネットなどで日本のワイン状 況を調べてみると、何か訳の分からない方角へ偏ってきているのではないかと危惧の 念を抱きます。

数年前から田崎氏が上記の考えを熱心にテレビ、雑誌などで繰り返し呼びかけていた のは、それまでワインと言えばウンチクが付き物であり、なじみの薄いフランス語の 畑名やブドウの種類、又ヴィンテージチャートやメドックなどの格付けなどを覚えな ければ楽しめないような印象が強く、またそれ以前に、気取った、又はマニアック的 な印象が蔓延っていたために、そのある意味過度に偏ったワインの当時の印象を払拭 すべく、果敢に‘気軽に楽しもう’といった正反対の方向を世間に指し示したのだと 思います。しかし、最近の情報に触れてみると、確かにその田崎氏の方向性を皆な継 承しているかのようですが、私はそれがまたいき過ぎているのではないか、と感じま す。あるインターネットのページを見てみると、まるで‘ワインについて深く追求 し、それを楽しむ事はアホだ。’と言った印象を持たせるような記事が、あるプロの ソムリエから発信されていました。これは、一見田崎氏の考えと同じに聞こえます が、私は全く逆に主張している様に感じます。私は田崎さんに直接お会いした事はあ りませんので正直なところは分かりかねますが、私の解釈から申し上げますと、田崎 氏は、当時過度に根付いていた日本人のワインアレルギーを解消したかっただけでは ないかと思うのです。確かに‘ワインにウンチクはいらない’、と繰り返しおっしゃ られていますが、ワインについて深く調べ、それをレストランなどでそのプロである ソムリエとワイン談義を楽しむ事を卑下するような田崎氏の言動を、私は聞いた事が ありません。しかし、そのホームページの記事には、‘レストランに来てワインを選 ぶのに時間をかけすぎるな。’‘テイスティングの際ワイングラスを回すのはみっと もない。’また‘ワインの色や香りをナガナガと表現して、早く飲みたい他の客の迷 惑 になるな。’と言った事が豪語されており、これでは田崎氏の‘ワインを楽しもう’ という考えに逆に反比例しているのではないかと、せっかく釣り合ってきた天秤が今 度は逆の方に比重がかかりすぎている様な印象を受けます。

何時間でもワインの本ならば読んでいられるほど好きな方であれば、電話帳のような レストランのワインリストを手にすれば、時間をかけて楽しむのは当前の現象であ り、又ワインのテイスティングの仕方に限らず、野球でもサッカーでもプロに見習っ て真似したくなるのは当たり前ですし、ワインを表現する事も、自分が気に入ったも のに出会えば、それがワインでなくても、例えば映画や音楽などでも、周りの友人に それを何とか表現したくなるのは、人の常であり、例えワインや映画や音楽に興味を 持っていない人が同席していたとしても、それを熱狂的に語る友人を見れば、それは それで微笑ましいものであると思いますし、赤の他人のソムリエにそれらを干渉され る筋合いはないのではと思います。

事実、私もフランスに旅行した時、レストランの研修旅行だったため有名レストラン を幾つか行きましたが、全てのレストランで、我々は料理を決めるのに30分以上、 それにあったワインを選ぶのに更に30分以上かかりましたが、そのギャルソンやソ ムリ エとの会話も、料理の味以上に忘れがたい素晴らしい思い出になっています。そし て、時間をかけすぎ、又質問をかなり多くした事について申し訳ないと言うと、逆 に、‘それだけ私共のメニューに興味を持って頂いて光栄だ。’という言葉がごく自 然に返ってきました。私は、この言葉を取り巻く精神こそがサービス業のあるべき姿 を象徴している不変の定義であり、田崎氏からもこういった謙虚な考えの上で、‘ワ インを楽しもう’という、やや抽象的ではありますが、それまで誤解していた日本人 へのメッセージ的な言葉が生まれてきたのではないかと思います。

アメリカのワインバーに話しを戻しますが、そこのソムリエは、全てのタイプのお客 様を満足させられる力量を兼ね揃えています。フランスの三つ星レストランのような 謙虚さは全くありませんが、お客様を卑下したり、‘こういうタイプの人は楽しめま せん。’と言った印象は決して与えません。ロバート パーカー Jrやヒュー ジョ ンソンが来れば何時間でもワイン談義に華を咲かせるでしょう。また一方、マグナム ボトルを皆でワイワイ飲んでいれば、その中に入って手を叩いて大笑いするでしょ う。しかし、ワインを愛するお客様全てを、彼らは喜んで受け入れると言う点では三 つ星レストランのソムリエと変わらない精神を持っていると言えます。

私の仕事はワイン専門ではありません。しかし、ワインをレストランで楽しむのが大 好きなお客の一人です。これから日本のレストラン業界がどのように進んでいくか分 かりませんが、是非是非‘ワインを楽しもう’という素晴らしいスローガンを忘れて 頂きたくありませんし、また意味を履き違えていい様に解釈なさりません事を強く祈 ります。又、レストラン業界の方々から見て不的確であると思われる点がございまし たらお詫び申し上げますが、一人のレストランファンの一つの意見として御理解頂け ます事を願ってやみません。

 

第二十五夜 1998年10月20日

< 違いに善し悪しはない!! >

私がアメリカに来て約七ヶ月経ちました。おもむろにこのエッセーを読み返し、ま だ入国間もない頃を思い返すと、今の私の感覚とはかなり異なっている事に気づきま す。まず、日本人と比べて何事にも親切で気が利きフレンドリーで、個人主義と思え た日本人の感覚と比べると非常に人間らしく思えたアメリカ人が、最近友達(知人?) が増えるにつれて、そうは思えなくなってきており、また、同時に日本のワビサビが 懐かしく思えてきます。

来た当初に感じた事は、アメリカ人はなんて気前が良いのだろう、と感激していた のですが、日本の感覚で、最初の約束を真に受けて待っていると後でこちらが馬鹿をみます。

今思い返せば、自分の部屋に電話を引きたい、とホストファミリーにお願いしたと ころ、そういう英語は難しいだろうからと電話会社に私に代わって申し込みをしてく れる、と言ってくれていたのですが、一週間たっても音沙汰なしでした。その後また お願いすると、今までは忙しすぎて電話の暇がなかったと答え、翌日必ず電話すると 約束したのですが、それからまた一週間が過ぎてしまい、結局自分で契約しました。 忙しいから忘れてしまったのかな、とその時はあまり気にしなかったのですが、その 後ビデオデッキを私が買う予定だと話すと、ホストファーザーが安い店を知っている から、明日学校から帰ってきたら一緒に買いに行こうと申し出てくれ、なんて親切なのだろ う、と感激しながら、学校から帰ると誰も家にはおらず、八時すぎに帰ってきて外で 食事していたと笑って答えました。しばらくして、ビデオの事を何気なく話すと、忘 れていたと元気に答え、次の日必ずと約束したのですが、また学校が終わって家に帰ると誰もいないとい う有り様で した。結局バスで買いに行きそれを見せると、Great!とニコニコと答えただけでし た。また、プロバイダーになかなか接続できなかった時も同じように最初は気前良く 返事してくれるのですが、後が続きません。そのため、三月末に入国したにもかかわら ず、このエッセーが四月末からのスタートになっている訳です。

これは私のホストファミリーだけの事であろうと考えていたのですが、驚いた事に 私が知るアメリカ人全てに共通しています。ここまでひどくないにしても、頼んだ事 を忘れてしまうと言う事はよくあります。まだはっきりとは分かりませんが、こちら では約束を忘れると言う事は、さほど大きな問題ではないのかもしれません。また、 もしかしたら、日本人の感覚が、彼らと付き合う上で障害になっているのかもしれませ ん。つまり、日本人であれば、頼まれた事や約束事など、もし忘れたならば、頼まれ た側の責任であり、場合によっては信用問題にまで発展しかねないという危機感があ ります。しかし、彼らはよく何かを頼むと、それが急ぎの用事でなければ‘remi nd me’(思い出させて)と必ず答えます。まだはっきりとは言えませんが、こ の言葉がアメリカ人と日本人の感覚の大きな違いなのかもしれません。一度頼んだ事 をまた尋ねるというのは、日本の感覚で言えば、信用していないと言う事につながり かねません。しかし、まだ試みた事はありませんが、それはこちらでは失礼にあたら ないのかもしれません。

しかし、なぜ私が今こういう事に神経質になっているかというと、私にとって最も 大切なインターンシップの会社訪問が始まり、このアメリカ人独特の対応が絡んでいる からです。今のところ、マキシミリアンというフランチレストランを希望 しているのですが、自分でアポを取る事が許されておらず、担当のインストラクター に面接の手配を委ねると決められているので、私から動く訳にもいかず結果を今待っ ている段階にいます。インストラクターがそのレストランに電話をし、インターン シップの可能性を聞き私にメールを入れることになっているのですが、未だにありません。先 日そのインストラクターに電話をかけ確認すると、案の定忙しかったからと答えら れ、またお願いしました。プライベートならまだしも仕事での約束事ぐらいしっかり して頂きたいものです。

しかし、まだはっきりとアメリカ人は‘無責任’だともいいきれません。単に私の この日本人らしい感覚が、アメリカの感覚からずれているにすぎないからかもしれな いからです。ラテン系の国では、例えビジネスのアポイントでさえ三十分の遅刻は当 たり前と聞きます。もちろんこれはアメリカ人でさえ腹を立てるらしいですが、ラテ ン民族にしてみれば当然の事であり、それと同じように日本人から見れば失礼な事 も、アメリカ人の中では当たり前の感覚であり、‘remind’(思い出させる) 事が当然であるのかもしれません。私にはあと半年弱の時間があります。それまでに この答えが見つかるようもう少しアメリカの中に入ってみる必要があると思います。 きっと何か彼らだけの法則があるはずでしょうから。

しかし、私事ですが、今までのエッセーを読み返してみて、だんだん貧相になる日 本語と、ネイティブジャパニーズスピーカーらしい‘自然な’(?)文法の間違いが よく目に付きます。また、この場を借りて訂正したいのですが、以前触れた‘FAT FREE’ミルクの意味は‘太らない’と述べてしまったのですが、この‘FAT’ はこの場合‘太っている’でなく‘脂肪’と言う意味で、つまり無脂肪牛乳が本来の 意味です。申し訳ありません。このように私がその時こうだと思った事は、いろいろ な面で時間と共に改善または修正されていきます。上記の事も、きっとはっきりする 時が来ると思いますのでその時またお知らせいたします。

また、今そのインターンシップの事でカリカリしてしまっていますが、違いに善し 悪しつけるのでなく、違いをそのまま違いとして見なせられるよう心掛けていきたい と思います。私がここに来た目的を思い返せば、英語の能力以上にそちらがもっと重要で あるはずですから。

 

第二十四夜 1998年10月12日

< アメリカでの授業 >

第一クォーターでのフランス語やビジネス英語の授業、第二クォーターでの学生向 けの講演、ヴァケーション中のバーテンディングスクール、そしてこの第三クォー ターのスモールビジネスの授業を経験し、少しずつ私の中でアメリカの授業スタイル に疑問を持ち始めてきました。

入国してまもなく授業が始まり、ビジネス英語の他にフランス語を取り、その時の 印象をこのエッセーの五月に書かせて頂きましたが、今スモールビジネスの授業を受 けていて、どうも釈然としない部分があります。以前のエッセーの中で、授業中での 生徒の積極的な態度と、教授の柔軟な対応に大変感銘を受けた、と述べさせて頂きま したが、当然このスモールビジネスの授業でもほとんど同じ状態なのですが、最初の 授業を終えて、はっきり申し上げて、イライラしました。というのは、確かに、教授 の説明の中で不透明な部分が出てきたら、その場で質問するという積極的な態度には 賛成です。私もこの半年間それを見習って心掛けてきました。しかし、あまりにもく だらない、つまり教科書を家で読んでくれば、いや、教科書をその場でちょっと読め ば、わざわざ授業を中断させずとも事は治まるような内容を、わざわざ説明の途中で 手を挙げ、‘私は予習してきませんでした’、又は、‘私はアホです、’と言わんば かりに質問するというのは理解しかねます。そして、そのアホ(!?)に対して、教 授もご丁寧に説明し、例をとりあげ、たまに横道にそれてしまい、他の学生にしてみ れば道草を食わされているようなそんな印象を持たされます。そして、他の授業でも よくあることらしいのですが、結局教科書の三分の一も終わらずにそのクォーターが 終了していまうそうです。ちなみに教科書はどれも3,4千円以上、教科によっては 1万円もします。

もちろん、ただ教科書を終わらせれば良いという日本の高校のような授業もどうか と思いますが、意味のない質問のために先へ進めず、高い授業料と教科書を無駄にし ていると思うと、どうもイライラしてしまいます。しかし、余談ですが、このような イライラの仕方は始めてです。やはり、授業料は自分で出すべき物ですね。今授業を サボろうなどと夢にも思いません。又、大学時代に授業を選ぶ時に、今のように内容 や自分の興味など全く考えず、春になると(非公式に)出回る教授や授業についての ミシュランの様な本(と言っても授業の内容は書いていません。)を頼りに‘ホトケ’ と呼ばれる三つ星の教授を選らんでいた自分が情けなく思います。ちなみに、この 三つ星のホトケ教授は、授業を出なくても単位をくれる‘仏’の様な方を指します。

話しはだいぶ外れましたが、とにかくこれらアメリカの授業スタイルにやや疑問を 持ち始めてきています。もちろん前述したように、日本の教授のような一方的な授業 の進め方や、中学の先生のような自分の知識の欠如をごまかすために、せっかくの生 徒からの積極的な知識の増加に繋がる素晴らしい質問に対して‘それは高校で習うか ら、今は考えないでいいよ。’などと、その場しのぎの逃げの一手を繰り返す教育方 法には完全に反対ですが、このアメリカの何でもいいから議論しましょう、というス タイルも釈然としないものがあります。確かに、会話のように授業を進め、理解を深 めていく事には賛成ですが、内容によっては日本の教授のように(決して中学の先生 のようにではなく・・・)厳しく突き放す事も必要ではないかと思います。教授は学 生全員のものであって、ごく一部の話し好きの学生のみのカウンセラーではないので すから。

しかし、これもアメリカの文化の一部なのでしょう。確かに、Yes, Noがはっきり した人種ですが、余程の事がないかぎり相手の意見を‘そんなくだらない事を〜。’ などと言って遠ざける事はしません。多少的外れな事を言っても、それも大切な意見 の一つとして尊重されます。もちろんそれが良い方面で議論に影響を与える事もある のですが、私の取っているスモールビジネスの授業では、ただ授業の進行を妨げ、私 の乏しい財産を踏みにじっているにすぎません。しかし、まだこれも始まったばかり ですから・・・・・・今後に期待したいと思います。ただ、世界的な経済危機だとい うのに、モニカルゥインスキーの戯言に振り回されていたかと思うと、今度は大統領 がウソついたのなんのと、お国の中でクダラナイ議論をやめられない人種ですから期 待していい物やら不安ですが・・・・・・・・・・。

 

第二十三夜 1998年10月6日

< 第三クォータースタート >

いよいよ第三クォーターが始まりました。先のヴァケーションではバーテンディング スクールで素晴らしい体験をする事ができ異国感をぞんぶんに楽しみましたが、その 後3日ほどニューオリンズをホストファミリーと共に旅行し、フランス、黒人文化の 入り交じった独特の雰囲気を堪能してきました。特に我々が行ったフランス料 理店のオーナーの‘我々はアメリカ人ではない。ニューオリンズ人だ。彼らよりも BETTERだ!’とニューオリンズの独特なアクセントで話していた事が強く印象に残っ ています。
さて、このクォーターではようやくワシントン州立大学の授業が幾つかとれま す。留学を決めた頃、アメリカで貿易を勉強したいと思っていたのですが、すぐにそ のクラスはいっぱいになってしまい、ではマネージメントをと登録しようとしたら、 これまた定員オーバーでなかなか私の興味と一致しません。結局スモールビジネスと いうクラスしか取れませんでした。もともと二クラスが限度なので、後一つ取れるの ですが、今キャンセル待ちをしています。その他、前クォーターに引き続きビジネス英 語があり、もう一つ、これはインディペンデントスタデディと呼ばれ、一つテーマを決 めそれについて自分で図書館などで調べたり、いくつかの会社に出向きインタビュー したり、そしてそれらをまとめ上げ最後に発表するというちょっと変わった授業があ ります。
では、私は何についてかというと、ワインです。こちらに来てからワインスペクテ イターという雑誌を愛読しているのですが、どうもその雑誌で評価されているワイン は、全て‘ドロドロ’と言っては語弊がありますが、とにかく濃ければよいというよ うな印象を受けてなりません。また、思えば日本でのチリを始め南米各地や南アフリ カのワインの人気を見れば、日本人もアメリカ人とさほど変わらない味覚なのだなと 思います。また、その手のワインの消費量も日本とアメリカでは極端に多いと聞き ます。そこで、私のテーマの中身はというと、この現象、つまり強い国アメリカと、 不景気の真っ只中でもワインを買えるお金がたんまりある、強そうな国ジャパンのこ の二大大国のこのワインの消費傾向から、今決して順風とは言えないフランス、そし て、サラサラとした印象のあるワインを多く作りだす生産量No1のイタリアで、どの ようにワインのテイストを始め、販売戦略に影響がでてきているか、という事をのん びり調べてみたいと思います。
実はもっと実践に促した内容にしようと思っていたのですが、なるべく来年以降で きない事、またはやろうと思わない事にしようと思い、この内容にしました。知った からどうと言う事ではありませんが、そういった事が出来るのは学生の強みです。人 間一度失敗すると分かります。この時間は本当に貴重なものである、と言う事を。つ まり、今の私には無駄だかどうか試す時間があると言う事です。上記のテーマだけで なく、私がここで体験したり、勉強している事や、いやこの留学すると言う事全てに おいて言えると思いますが、これがどう実践で社会で役立つのか検討もつきません。 働きながらではおよそ、時間の無駄だと思ってしまい、別のもっと仕事に直結した事 をしがちではと思います。趣味は仕事をしながらでも続けられます。しかし、あくま でそれは趣味です。本業として、無駄だかどうだか分からない事を、一日のなかで最 も大切なメインの時間帯に出来るのは、今私は学生だからなのだなとつくづく感慨深く 思います。
まだ手付かずですし、この他にもインターンシップの面接などもこのクォーターの 半ばで入ってくるし、タイムスケジュール的に難しいとは思いますが、何とか恥ずか しくない物に仕立て上げたいと思います。まだ休みボケが取れていませんが、もうセ カンドベースを回っているのだと言う事を自覚し、このクォーターをうまく乗り切り メインのインターンシップ(第四クォーター)の恰好の助走になればと願います。

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