1998年9月
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第二十二夜 1998年9月19日
< バ−デンディングスク−ル(其の2)差別と優遇 >
バ−デンディングスク−ルの卒業試験も無事終了し、今この二週間を振り返ってみると、バ−に関する事以外にもいろいろ学べたような気がします。その最も大きな収穫は、何と言ってもアメリカに来て初めて強くアメリカを感じる事が出来た、と言う事です。当然ですが、私以外の学生は全てアメリカ人です。今までもホストファミリ−と生活していたり、何かの集まりに出席したりなど、アメリカ人の中に入ってコミュニケ−ションを取ってはいましたが、前述したと思いますが、さほどいわゆるカルチャ−ショックのような物は感じませんでした。しかし、その理由が、以前述べたと思いますが、‘日本が既にアメリカの影響を強く受けている為’と‘英語でコミュニケ−ションを取っているため’だと思い込んでいたのですが、今回このスク−ルに出席して、初めて日本と違ったアメリカを見たような気がします。今回のこのクラスは通常の4,5分の1のたった4人のクラスでした。かなり少なかったので残念に思っていたのですが少ない方がじっくり話しが出来て、深い友達になれるかな、と思い直し、初日の講義に向かいました。当然、今まで何かに出席した時のように、‘〜〜について日本ではどうなの?と言っ た質問がほとんどだろう’、又、‘日本のバ−についていろいろと聞かれるかな’などと勝手に想定してスク−ルのドアを開きました。既に三人とも来ており、教室のカウンタ−に座っていました。軽く声を掛け自己紹介し私もそこに座りました。しかし、誰一人上記のような質問をしてくる人はいません。私が、‘日本のバ−は〜だった’というような話しをしても全く感心はありません。また‘アメリカのバ−は〜なの?’といった質問をしても‘は〜?’と言った顔を示します。もし、彼らがホストファミリ−のように、わざわざ日本人だからといって気遣ったり、教会の人達のように、何か声を掛けて和ませようなどという神心をもっていたら、私の話に乗ったフリをしてくれたでしょう。しかし、彼らはごく普通のアメリカ人です。日本と韓国の違いもよく解っていないほどです。そういう訳で初日は、スラング攻撃に遭った事もあって、あっけに取られていました。二日目、三日目と何かと気後れしてしまい、黙って彼らの会話を聞いていました。四日目、理由は分かりませんが、はっと私の中で、もやもやしていたものが突如吹っ切れました。何の事はない、普通に話せばいいんだ!‘今流れている音楽はなに?、こう いう音楽聞く?’‘なんでバ−テンダ−になりたいの?’‘夜中にクリントンを馬鹿にしたコントやってたよ。’すると、彼らは立て続けにニコニコと話し始めました。しかし、アメリカではこのミュ−ジシャンは人気あるの?といった質問ではあまり感心を示しません。‘君は好きなの?’といった相手個人に関して直接問いかけなければ、ほとんどしらけた返答になります。シックリした言葉が見つかりませんが、彼らは一般のアメリカ人であり、特別に外国に感心があるわけではなく、当然その比較など聞いたところで何も面白くない、ということです。例えその話をしている相手が外国人であろうと、色が黄色かろうと彼らにはどうでもいいことであり、そんな事よりもっと大切な事は、個人個人がどういう人間であり、その国の特色ではなくその人の個性はどうなのか、ということです。それに気がつき、私自身の事を話し、彼ら自身の事を問い掛けると、その前の三日間とは打って変わった楽しい雰囲気に変わりました。つまり、私が彼らから学んだ事は、アメリカは差別がない代わりに優遇もない、と言う事です。(もちろん、ストリ−トレベルでの話です。会社やその他の団体での差別は未だ深刻です。)いろいろな 人種が集まるアメリカで育った彼らにとって、肌の色などどうでもいいことであり、当然それで差別したりしません。しかし、考えてみれば当たり前ですが、それと同じように特別扱いもないということです。何か助けを求めれば喜んでそれに応えてくれます。しかし、ただ黙って気遣ってもらおうなどと期待しても、そのような特別待遇(差別)はないと言う事です。最初の三日間は、心のどこかで日本人だからと何か特別な事を期待していたのかもしれません。もちろん一般のアメリカ人の中にもアジアに興味があり、いろいろ聞いたり比較したりするのが好きな人もいるでしょう。しかし、それはその人がたまたまそれに興味があるからです。学校関係者、ホストファミリ−、教会、日本に興味を持っている人を除いて日本人だからと特別扱いする人も、また差別する人もアメリカにはほとんどいないのだろう、と感じました。よく日本でも差別を訴えつつ優遇をそのまま保持しようとしている人を聞きます。特に男女差別の問題に関しては、私は、全てが批判されるべき事とは思えません。男女の差別を無くすと言う事は、当然女性としての特権も捨てると言う事です。男女は生理的にも全く異なるものであり、その違いを良 い悪いと比べる事自体おかしな話であり、違いを違いと見なさなければならないものを、敢えてそれを無くすのであれば、当然部分的にではなく、全てを無くさなければ理に適わないのでは、と思います。このバ−テンディングスク−ルには全く差別はありませんでした。もしも私が三日で止めていれば、‘やっぱり日本人だから相手にされなかった’、と訳の分からない事を言っていたかもしれません。ただ単に、私は優遇(差別)を期待していただけだったのです。言葉では理解していたつもりですが、今回体験して、改めて深く感じることが出来ました。優遇を期待するならそれと同等の代償も覚悟しなければならない、また、差別がなければ優遇もない、と。この二週間、私はやっと本当のアメリカにいるのだな、と心から感じました。そして、本で読むだけではなかなか理解しがたい事や全く新しい感覚も体験できたと思います。短い期間でしたが、この二週間は一生忘れる事はできない14日間になるでしょう。改めてこのバ−テンディングアカデミ−に感謝したいと思います。体験しなければ解らない事と言えば、ボトルを二本同時に持つ事もそうですね。思ったより楽しいですよ。いかがですか、渡辺さん?ところで 、余談ですが、‘neat’という言葉の意味をご存知ですか?辞書には‘きちんとした’と出ていると思うのですが、それだけではなくウイスキ−などの‘ストレ−ト’という意味もあるそうです。私は知りませんでした。そういうわけで、卒業試験は予告していた満点は逃してしまいました。ざんねん・・・・・・・。でも合格ですよ。何の役にも立ちませんが・・・・・。
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第二十一夜 1998年9月17日
< バ−デンディングスク−ル(其の1)アメリカの指導法 >
アメリカ留学で最も楽しみにしていた一つであるバ−デンディングスク−ルが始まりました。残念ながら私は日本のバ−テンダ−スク−ルの経験がないため、比較する事は出来ませんが、私がバ−テンダ−として働きはじめた時の事や、後輩に私が教えていた事などを思い出しながら、その初期段階での指導方法などを少し比較してみたいと思います。
まず、このスク−ルは一日四時間の授業があり、始めの一時間は前日学んだカクテルを黙々と練習します。(本当の酒を使う訳でなく、水を絵の具で染めた酒もどきです。)その後講師がカクテル帳とタイマ−を持って登場し、小テストを始めます。そのテストは七分間で十二杯のカクテルを作るというテストですが、いちいち氷を水で洗ったり、材料を予め用意したりなどしないので、決して大変ではありません。そして、その後、その日のテ−マの授業を行います。商品知識や接客などです。そして、最後の一時間はまたカクテルの練習を各自で行いその日は終了します。
このカリキュラムを体験して、まず私が感じた事は、全てが実践を想定してるな、という事です。付け加えるならば、何にしても、‘お客様に対して・・・・。’という概念が備わっている、と言えます。カクテルの作り方にしても、私が仕事を始めた頃に教えられた、ボトルの持ち方やその角度、シェ−カ−やミキシンググラスの中の氷の回り方やバ−スプ−ンの軸がどうたらこうたらといった事には一切触れません。講師が強調していた事は、とにかく‘スピ−ド’。それにつきます。アメリカのほとんどのバ−は人がごった返す所が多く、当然お客様を満足させる為にバ−テンダ−に求められる事はスピ−ドであるという事です。そのため、慣れてきたらボトルは二本同時に持って注げるように勧められる訳です。私も始めて試みましたが、結構楽しい物ですよ。決して飲みたくはありませんが・・・・・・。また、接客の授業でも講師が説明する時は、ほとんど、‘もしお客様が〜と言ってきたら。’又は‘もしも〜という事が起こったら。’といった説明ばかりです。つまり、蘊蓄的な事には一切触れず、即現場に直結した内容だという事です。私が仕事を始めたばかりの頃よく言われた事は、‘ぱっと見てお客様の求め ている事を全て察しろ。’とか又は、これはある都内の有名店のバ−テンダ−にアドバイスを求めた時に豪語された事ですが、‘お客様が階段を降りてくる音で、どのくらい空腹なのか分かるようにならないといけない’と言った、およそバ−テンダ−1年生には、ポカンと口を開けて、でも仕方なく‘ハイ’と返事をしなければならず、でもさっぱり何の事だか分からない、と言った内容です。それでも真に受けて、次の日目をつぶって耳をすまし試みましたが・・・・・・やっぱり分かりませんでした。(酔っ払いの足取りぐらいは分かりましたが・・・。)しかし、教わっていた頃は疑問を持っていましたが、いざ自分が後輩を指導するという立場になった時、同じような事を偉そうに言っていたと思います。今こうして現実的なアメリカの教育方法と比べながら考えると、どうしても日本のバ−テンダ−は、自分の仕事が如何に卓越した物であるかと言う事を再確認する為に、‘後輩を指導する’という形を借りて自己満足しているような気がします。ちょっと極端な言い方ですが、つまりバ−テンダ−の仕事で大切であり難しい部分は、ほとんど目に見えない技術が多い為、また、資格など、それを証明する手立てが無 い為、どうしてもそれを求め続け努力し続ける事に、人によっては不安に駆られ、人によってはストレスを感じるため、どうしてもそれを何かしらの形で‘自分が努力している事は無駄ではないのだ、決して無い物探しではない。’と確信したくなる為、その犠牲になるのが‘後輩’というバ−テンダ−にとっての唯一の弱者になる訳です。特に私ぐらいの年齢(経験が少ないのに充分にあると錯覚する年齢)のバ−テンダ−によく起こる‘自己不認識欲求不満性ヤツアタリ症候群’です。しかしこのスク−ルで授業を重ねていると、バ−テンダ−の実力を証明する物は、やはりお客様のリピ−トの数なんだな、と非常に強く再認識させられます。確かに、技術的な事や接客で必要な洞察力など、それをはっきりと(飲食業界やかなり通のお客様を除いた)世間様に証明する事は難しいですが、それらが磨かれれば磨かれるほど、それに比例してお客様のリピ−トが増えると言う事です。その程度の事、全てのバ−テンダ−の中では周知の事実と思われがちですが、現場に入ったとたん忘れがちになる事もまた事実です。実際にアメリカのバ−で働いた訳ではないので、現場のアメリカンバ−テンダ−の指導はどうなのか分かりかね ますが、このスク−ルの講師のバ−バラという女性は二十年のキャリアがあるにも関わらず(十分なキャリアがあるために?)、それを学生に見せ付けたり、蘊蓄を並べたりする事は一切なく、先輩バ−テンダ−が後輩に対して、‘これを知っていてくれたら楽なのに・・・・。’といった内容の事をしっかり説明していました。また、偉そうな事は言わないまでも、カウンタ−の中で、すっと背筋をしっかり伸ばし、軽く前に手を合わせ、適度にジェスチャ−を交えつつ、軽やかだがしっかりした口調で話し、いつでも学生(お客様)が質問し易いような独特の会話リズムを持ち、様々な表情を使い、気の利いたジョ−クを飛ばしつつ、我々(お客様)を惹き込むさま(技術)をカウンタ−越しに見ていると、バ−バラのバ−テンダ−としての力量がはっきりと分かります。また、このスク−ルに来てよかった、と強く感じます。確かに、日本ではほとんど使えないカクテルの内容ですが、私の目的はまた別のものであったし、更に予期せぬ類稀な業を拝見する機会にもめぐまれました。そういう訳でこのスク−ルは個人経営であるにもかかわらず、各バ−からオファ−があるほどの信用を持ち、更に支店をシアトル周辺に三つも 出すほど成功しています。私個人の感想も上記の通り大変満足しております。しかし、まだ全ての授業が終わった訳ではありません。明後日はいよいよ(?)卒業試験です。ド派手なカクテルを七分で十二杯と、筆記試験が私を待っています。先週の筆記の模擬テストではスペルミスで一問逃したので明後日はしっかり満点を取りたいと思います。カクテル試験は・・・・・・テキト−にやります。多少(多量?)のレシピの違いは減点にならないし・・・・・。
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第二十夜 1998年9月9日
< ミッドナイトテレビ >
休みに入り自由な時間が増えたせいか、テレビを見る時間が多くなってます。第二クォ−タ−まで規則正しく生活していた為、夜中の番組を見たことがなかったのですが、最近毎日のようにみています。はっきり申し上げて、かなりおもしろい。日本の夜中の番組とくらべて、いろいろな意味で観点が違うように思います。例えば、日本の夜中の番組が何かと強調したがるエロチシズムはほとんどアメリカでは見られません。インタ−ネットでの問題もそうですが、理性と道徳の概念が意外にもアメリカではどの分野でも重要です。テレビだけでなく(普通の)本屋でさえ全てにおいてエロチックなものは禁止されています。
ましてや、日本でここかしことお目にかかる風俗店などアメリカではもっての外と言えるでしょう。しかし、闇ではお盛んなようですが・・・・・。さて話はそれましたが、その夜中の番組ですが、まず概略として申し上げますと、‘仕方ないから見るか’、というダラダラとした気持ちをまず与えません。つまり、やや手抜き、またはある意味実験的な夜中の興奮状態を利用しての、翌日何がおかしかったんだろうと後悔させるような番組はあまりお目にかかりません。特に私が好んで見ている番組はト−ク番組ですが、非常におもしろいです。夜中だというのに、ここ何日かだけでも、トムハンクス、レイリオッタ、マ−ティンスコセッシ、プリンス、エリッククラプトンなどそうそうたる顔ぶれが登場しています。
日本でなら当然ゴ−ルデンタイムに持ってくるでしょう。しかし、その時間のほとんどは、そしてほとんどのチャンネルでは、日本人にはなかなか笑えないシットコムを放送しています。その当たりの感覚がやや理解しかねるところです。また、くだらない番組もありますがそのくだらなさがまた違います。先日、日本でも話題になったとは思いますが、クリントンの‘実は、やってました発言’がなされたその晩から、各放送局が全精力をかけて取り組んだ番組が‘クリントンあげ足取り番組’です。クリントンの発言の中で、‘この関係を認める事で全てを終わりにしたい、もうこの事は触れないで欲しい。’という内容が強調されていましたが、・・・・・・通用しません。
強調どころか‘誇張’して訳の分からないコントなどをヘ〜キで流しています。まずクリントンのそっくりさんが出てきて、あの会見のコメントをアホらしく変えつつ再現(?)し、その途中でヒラリ−婦人のそっくりさんが包丁を何本も抱えて登場し、会見中のクリントン目掛けて投げつけながら、ヒステリックに叫びまくったり・・・。また、同時間に違うチャンネルにまわすと、今度はモニカルインスキ−のそっくりさん4、5人をはべらかしつつ、顔中(体中!)にキスマ−クを付けたクリントンがご機嫌そうに笑っていたり・・・・・・。とにかく強烈です。日本で首相をこれほどこき下ろすような番組は見たことがありません。
理性と道徳と言う言葉を前述しましたが、この点に関しては無法状態で、やりたい放題です。当然、現実の(昼間の!)世界でも‘正直である事がいつも正しい事ではない’、とクリントンはかなり厳しい立場にさらされています。先日、クリントンが経済危機に陥っているロシアを訪問した時も、自国の経済的巻返しを促そうとわざわざ訪れてくれた救世主に対してジャ−ナリストたちはロシアの経済システムに関する質問のかわりに、クリントンの私生活のフィジカルシステムに関しての質問を浴びせていました。しかし、アメリカ国内での一般市民レベルに関して言うならば、会見直後でさえ、67%もの国民はクリントンを支持しており、スキャンダルを犯した大統領としてこの数字は過去例のないものだそうです。日本でも宇野元首相の事件をはじめ有り得ない事でしょう。確かに、レ−ガンの後始末をきちっと処理し、現在のアメリカの状態を作りあげたのはクリントンの功績である事は全アメリカ人が認めるところであり、仕事が出来る男はもてて当然、
とまで言う人さえいます。しかし、夜中の番組関係者にとって現実の(昼間の!)名声など、ど−でもいい事です。しばらくは、このネタでいやと言うほど罵声を浴びせ続けるでしょう。しかし、せっかく昼間の生活に慣れ一般人の生活リズムを久しぶりに楽しんでいる私にはこれら夜中の番組はやや困った誘惑ですが・・・・。第3クォ−タ−が始まるまではいいかな?
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| 第十九夜
1998年9月1日
< 第3の私 >
第2クォ−タ−が終了し1月以上の休みに入りました。この休み中の予定はいろいろありますが、何と言っても9月8日から始まるバ−テンダ−ズスク−ルが最も重要なイベントになることでしょう。
8月に入ってすぐに申し込みを済ませていましたので、テキストは手元にあったのですが、宿題に追われあまり読む暇がなかったので、今日になってしまいましたが・・・・・・・キャンセルができる期間に読むべきだったかもしれません。‘慣れてきたらボトルは両手で2本同時に持ちましょう!’をはじめ、数々の私がしてはいけないと教えられてきた事が必須要項に載っており、また、ソ−ダやトニックなどに使うピストルの使い方が図解されていたり・・・・・・、かなりショックを受けています。
しかし、日本でも行ったことがないバ−テンダ−スク−ルにいまさら行こうと思った原点を思い直せば内容がどうであろうと問題ではないはず。この目的は、
1.日本と違ったアメリカならではのバ−テンディングを身につける。
2.専門用語の英語に慣れる。
3.ネットワ−クを広げる。
この中の1が崩れただけです。たいした事ではありません。決して。まったく。・・・でも授業料高かったんだけど・・・・・・・・。しかし私の英語力アップにはかなり貢献してくれると思います。今まではテレビと映画以外は全て外国人(日本人)に対するはっきりした英語がほとんどでしたが、このスク−ルは当然ネイティブ向けですので、どこまで付いていけるか分かりませんが、休憩時間も含めて良い勉強になる事でしょう。ただ、いかんせん若いネイティブの英語は早い上にスラングだらけですので不安がかなりあります。
第三クォ−タ−から始まる大学での授業に向けてのウォ−ミングアップになってくれると良いのですが。手続きをしている間に数名その時の生徒を見ましたが、かなりスラングを教えてくれそうだなと言う印象を受けました。とにかく同世代以下の人間との会話にはかなり苦戦しています。話す機会が少ないからかもしれませんが、たまにバ−などで話すと何度も聞き返す時がよくあります。また黒人や南部の独特なアクセントもかなり厄介です。渡米する前、3年以上住まなければものにならないとよく言われましたが、やっとその意味が分かりました。また耳が慣れたとしても今度は更に時間がかかるスピ−キングを伸ばさなければならない事を考えるとやはり三年という期間は肯けます。
それについて担当のドナに聞くと‘10年住んでもネイティブと同じように話せるようにはならないよ。’という言葉が返ってきました。そして‘目的はある程度のレベルに達して、自分の能力を英語で生かせることでしょ!’と付け加えていました。もちろんドナが言う事は納得できますが、なんとも歯がゆいものです。10年以上英語を勉強してきて1年暮らしてネイティブのようになれないとは。しかし、第3クォ−タ−からアメリカ人に混じっての授業になるし、バ−テンタ−ズスク−ルで友達が増えるだろうし・・・・・・・。・・・・・今日は何を書くか決めずにいきなり書き始めたのですが、今ここまで読み返してみて情けなくなってきました。ある映画の‘その人間が勇敢かどうか一瞬で分かる時がある’
という冒頭のナレ−ションを思い出します。私がこれほど臆病だったとは今まで知りませんでした。おそらくプログラムの約半分を消化し、自分が想定していた結果が出ていない事と、たまに読む、以前一緒に働いていた同い年の友人であり、ある意味ライバルでもあるコックの石井君からのメ−ルから目に浮かぶ彼のがんばっている姿が私を焦らせているのだと思いますが、それにしても恥ずかしい。しかし、このまま書き直さずに渡辺さんに送ろうと思います。これが今現在の素直な私だからです。虚勢を張っても仕方ないでしょうし、この恥が新たなパワ−になってくれると思いますから。
大学を全て落ちた後の1年間の私、そして、カクテルを突き返された後の5年間の私、この2つの私は私自身最も好きな自分です。この2つの自分を発見する切っ掛けとなったのは今日のような恥と落胆でした。しかし、今回のこの切っ掛けは今までのように何か明らかな、又自分以外の力によって気が付かされた訳ではない点に微かな自分の成長が見えたような気がします。しかしこのエッセ−の企画が無ければもっと長い期間、要らぬストレスのなかで時間をつぶしていたかもしれません。改めて、このペ−ジを私に与えてくれた渡辺さんに感謝したいと思います。これから約半年間、何とか頑張ってみようと思います。そして、今日から半年間の私がその第3の私になる事を願います。
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