1998年6月
第九夜 1998年6月22日
< 今だからこそ >
今日から第二クォーターが始まり、久しぶりに友人達と顔を合わせましたが、皆それぞれカナダ、カリフォルニア、ニューヨークなど旅行したらしく話題は全て予想可能なガイドブック調の体験談で持ち切りでした。私のヴァケーションのフィナーレは予定していたカナダではなく、近所のヴァーションアイランドという観光地とはとても言えない島へ出かけ、ホストファミリーとその友人たちとバーベキューをしたのみに終わりました。しかし、決して楽しい場所とは言えませんが、私自身自分の選択に満足しています。というのは、最近今の自分にとっての優先順位を常に考えるようにしています。カナダへの旅行は予定どうり行くはずでしたが、その日の二日ほど前にホストファミリーからヴァーションアイランドへの誘いを受け、カナダに行くから、と断ろうとしましたが、この時もまたどちらを優先すべきか、と言う事が頭をよぎりました。ホストファミリーの親切心か私の好みか、という選択ではありません。今アメリカで生活しており、加えてアメリカ人と一緒に暮らしているという、今後二度と踏み込めないであろう非日常的な境遇にある自分にとってどちらを優先すべきか、と言う選択です。確かに、シアトルに住んでいるからこそバンクーバーまで日本からの三分の一の料金で行ける、という‘今だからこそ’という考え方も出来ます。しかし、私一人でカナダへの旅行はたかだか三倍の料金を払えば来年でも再来年でも行けるのです。‘たかだか三倍’という表現にはやや語弊がありますが、つまりお金でいつでも買えるものだと言う事です。しかし、ヴァーションアイランドでのホストファミリーとその友人達とのバーベキューは来年以降はたして買える物であろうか。その出来事自体は電話して企画してもらえば不可能ではないでしょうが、はたして今の私だからこそ感じられるものを、アメリカ生活を一年終えた後の私にどれだけその非日常性が理解できるであろうか。来年以降、どれだけそのバーべキューの特別さを新鮮に胸に刻む事が出来るであろうか。カナダへ観光客としての旅行であれば、その感激の内容、度合いは今も来年もさほど変わらない物でしょうし、今この場でどういう感想になるかは天気別にある程度予想出来ます。また、例えば一人でシアトルのバーに行きそこで私が感じられる物はお金と時間がほぼ同じ物をいつでも運んでくれるでしょう。しかし何日も継続して、ホストファミリーとごく普通の食事を楽しみ、その日あった事など極平凡な話を、来年以降であれば必ず感じてしまうであろう、懐かしいと思う気持ちをもたずに、普段の事として時間を潰すという事は、それは一見平凡すぎて‘今だからこそ’という観念からは外れているように聞こえますが、今のこの特別な環境にある、今のこの非現実的な私にとっては、普通の極日常的な事であればあるほど、それらは逆に非日常的な物であり、来年以降いくらお金をかけても手に入れる事は出来ない、目に見えない来年以降の自分自身への最高のお土産と言えるでしょう。またそれは、観光旅行の予想どうりのありふれたそれのようにすぐに蓋を開けて見る事は出来ませんし、またいつ開ける事が出来るのかも分かりませんが、非日常的な、非現実的な、多くの人が覗き込みたくなるものになっている事でしょう。これからも多くの曖昧な選択にぶつかるでしょうが本当の意味での‘今だからこそ’と言う事を考えて選べたらと思います。・・・・・う〜ん、とは言うもののニューヨークか〜、ちょっとだけ行ってもいいかな〜? |
| 第八夜
1998年6月15日
< スタート地点 >
私の留学生活はやっと今始まったのかもしれません。約三ヶ月前に入国した時には、生活習慣の違いなどはやや感じましたが、アメリカと日本についての相違など微塵も感じませんでした。渡米する前にもアメリカの情報はテレビや新聞などから毎日のように流れ出てきていたし、こちらに来てからも映画や音楽の情報が、当然ですが、日本よりやや早く入ってくる程度で、とりわけ驚くような、また比較したくなるような事はほとんど、人間そのものを除いて、ありませんでした。しかし、一月ほど前です。ドナという私のクラスの担当の先生が、ある生徒のプレゼンテーションの時に首を傾げた時に、おやっと思いました。そのプレゼンテーションはWTOについてでした。ドナは全ての分野に精通しており我々の質問に全く分からないと言う事はそれまで全くありませんでした。ところが、その生徒はWTOの問題点について説明しようとしていたのですが、ドナは内容以前にその存在すら聞いた事がない、というのです。ドナでも知らない事があるんだな〜、日本とトラブッた時旅行でもしてたのかな、とその時はその程度にしか考えませんでしたが、最近注意してニュースを見ていると日本の情報には全くと言っていいほど触れていない事が明らかに分かります。(WTOは強い国アメリカにとっては余り関係ないのかもしれません)インターネットで日本の情報をたまに入手していたので全く気にしていませんでしたが、特別な行動を起こさない限り日本について知る事はほとんど不可能に近いと言えます。もちろん全く入ってこない訳ではありませんが、“日本が長い不景気から脱出するには大きな変換が必要だとクリントンが述べた”とこの程度のことが新聞の片隅に載る程度です。日本人か、日本がらみで仕事をしている人以外気がつく人はいないでしょう。日本でのアメリカの情報に比べると比較にならないぐらい少ない、というより全くないと言った方が正解だと思います。特に今はコソボの爆竹の騒々しさに、日本の悲鳴はなおさらここまで届きません。やっと分かり始めてきました。日本にいた時のあまりのアメリカの情報の多さから、それを当たり前の事とみなし、当然同量のアメリカでの日本の情報を勝手に想定し、無意識に日本とアメリカのお互いの意識の度合いを釣り合った天秤の様に考えていました。しかし、現実には極限られた人を除いて日常生活のなかで日本を意識している人は残念ながらほとんどいません。それに比べほとんどの日本人は、私を含め、一日に少なくとも一度はアメリカに関する事を考えるか、無意識のうちにしているか、そうでなくとも、勝手にメディアから耳又は目に入ってくるでしょう。しかし、アメリカでその逆は成り立ちません。多くの日本人はフランクシナトラの他界を悲しんだことでしょう。しかし、99パーセント以上のアメリカ人は松田聖子の結婚を喜びも悲しみもしない、というより誰もその事を知りません。これはちょっと大袈裟ですが・・・・。もちろん経済新聞を読めば日本の今の現状は詳しく取り上げられる時もありますし、ちょっと厚めの映画の雑誌を読めば北野たけしの特集も見つけられます。つまり、一般市民レベルで、繰り返しますが、日本でのアメリカの情報のように、特別な行動なしに日本の情報を掴むのは非常に困難だ、と言う事です。と同時に、アメリカ人の日本に対する関心というのは特別な環境の人以外、または現在の日本にはほとんど見られない、海外の旅行雑誌か歴史の教科書にしか見られない、今は亡き日本らしさに惹かれている無いもの探しに凝っているアメリカ人以外には皆無と言えるでしょう。悲しいですがこれが現実なんだな、とやっと分かりました。・・・・・・・しかし、なぜこの程度の事が三ヶ月もたって分かってきたか?何の事はありません。来てしばらくはニュースで何を言っているのかさっぱり分からなかったから、ただそれだけです。最近やっとニュースが分かり始め、またホストファミリーや友人と込み入った話題も交わせるようになってきました。もちろんまだまだ不十分ですが。しかし、少しずつ、アメリカを感じ始めてきているような気がします。気温の上昇とともに私の汗腺が開き始め、そこからアメリカの文化が染み込んでくるような、そんな心地よくも、たまに拒絶したくなるような、今までにない感覚を楽しんでいます。しかしまだまだ留学していました、と胸を張って言えるレベルには英語力、知識ともに足りません。これからが、本当の頑張りどころだといえるでしょう。まだまだゴールは見えませんが、やっとスタートラインに足が馴染んだような気がします。秋になれば気温も下がってきますが、それまでに出来るだけ長い距離を走り、たっぷりの誤解を汗とともに吐き出し、その代わりにアメリカの空気と現実を体全体で吸収できる様これからがんばっていきたいと思います。あと一週間で第二クォーターが始まります。今のうちにスタート地点の周りの景色をよく見ておくのも後々おもしろそうですね。
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| 第七夜 1998年6月7日
< 未知のデニーロ発見 >
やっと、二週間の休みに入りました。最後の週末にカナダへの旅行を計画していますが、この休みの間の最大の目的は、第一クォーターの復習と日本ではなかなか見れない映画を探して見る事です。前者はいいとして、早速レンタルビデオ店に行き見回りました。見た事もないわけの分からない映画が所狭しと並んでいましたが、ジャンル別に並んでいるので非常に探すのが困難です。せめてアルファベット順か俳優、監督別にしてもらえないかと思いながら、ぐるぐる見回っていると、‘The
Last Tycoon’というタイトルが目に留まりました。これはフィッツジェラルドの最後の小説でラストシーンを書き終える前に彼は死んでしまい未完の名(迷)作として記憶しています。大学時代に彼の作品の幾つかに触れる機会があり私が記憶している小説家のなかでは特別な存在です。特にドロドロとした心理描写に特徴があり、そのためストーリーが私の記憶から逃げるのを、他の小説よりも鈍くさせます。彼の代表作に‘華麗なるギャツビー’がありますが、小説はすばらしいですが、映画はコッポラが大事なフィッツジェラルドの特徴を削ぎ落として脚本を作り、ただのお昼のサスペンスにし、ロバートレッドフォードがいきなり真っ白のスーツ姿で登場し、若い女の子(オバサン?)が見れば、“かっこいい〜、内容なんかどうでもいいわ〜”と言うような作品に変えられていました。確かに全ての小説全般にいえると思いますが、忠実に又は印象を変えたとしても原作と変わらない又はそれ以上の評価が出るように映画化するのは大変困難かと思いますが、フィッツジェラルドの場合、特に複雑な描写が更にそれを不可能に近くさせていると思います。大学時代に彼の‘夜はやさし’を、日本では廃刊になっていたため、英語で読もうとしましたがさっぱり分かりませんでした。と言うような事が、その店でそのビデオを手にした時、一瞬にしてよぎったため、期待と不安が裏の解説を読む時間を与えてくれず、すぐさまキャッシャーへと私を運びました。家に帰り早速見始めましたが、なんと主役は私の最もヒイキにしているロバート
デ
ニーロでした。同じロバートでもレッドフォードではありません。しかも、若い時代のもの。おそらくゴッドファーザーの時と変わらない時代の物だと思います。“かっこいい〜”。思わず、画面に釘付けになり必死になって彼の台詞に耳を傾けました。私の現在の英語力では映画の台詞を全て聞き取るのは不可能です。しかし、人間はおもしろいもので、都合のいい時だけ、アドレナリンだかなんだか分かりませんが、特別な力が湧いてきて、ほとんど復唱できたと思います。デニーロの台詞だけ・・・。これは、いきなりヒアリング力が向上したのかと思い映画を見終わった後、ニュースを見ましたがいつもとあまり変わりませんでした。普段の集中力が散漫なのか、デニーロが特別な力を与えたのか分かりませんが・・・・・あせらずがんばります。映画の方はというと、やはり読んだ方がおもしろいかな?と思いますが、不思議と偉大な映画を見た後のように満足しています。台詞がほとんど理解できたからではありません。ただ単に、未知のデニーロに出会えたから・・・それだけです。情けないですが、レッドフォードファンの女子大生(オバサン?)と変わらない反応をしてしまいました。この事をホストマザーに話すと、“そのリアクションはあたりまえよ。楽しめればいいのよ”。と言っていました。やっぱりここはアメリカですね。 |
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